表紙私的意見>1〜10話

【1話】04/08/04 「夏の頚損」
最高気温が30度以上の日は「真夏日」、夜間の最低気温が25度以上の日は「熱帯夜」と 呼ばれています。
そして真夏日と熱帯夜の多い年の翌年は花芽の形成が促進され、花粉がたくさん 飛びます。暑がりで花粉症の人は、暑い夏の翌年の春にも泣かされてダブルパンチ ですね。
さて、「真夏日」も「熱帯夜」も、夏がすこぶる苦手な私にとって聞くだけで眉間に しわが寄りまくる言葉です。
私は交通事故で脊髄(背骨)を損傷(骨折)しました。
しかも脊髄の上の方の頚髄(首の骨)を損傷したので、 自分で言うのも面映ゆいですがなかなかの重度障害者です。
とは言っても一人でベッドやトイレへの移乗や車の運転ができる私は 頚髄損傷者(略して頚損)の中ではまだマシな方でもあります。
おかげ様で楽しい車椅子ライフを満喫している訳ですが。
しかし夏のこの蒸し暑〜い時期だけは、頚損である私にとって楽しい季節とは 言い難いものがあります。と言うか全然楽しくありません。
脊髄を通っている「自律神経」をやられている為に体温調節がうまくできません。 暑くても汗がほとんど出ないのです。
その為に気温が上昇すると、体温もまるで気温と競争するようにグングンと 上昇してしまいます。「熱がこもる」状態で、37度や38度の体温は 造作も無く出てしまいます。
炎天下では五分もあればすぐさま熱中症状態になり、もうグダグダのヘロヘロのクラクラです。
もう17年ほど頚損をやっていますが、こればかりはリハビリや根性や気合ではどうにも こうにもなりません。
障害のせいならもう開き直るしかないではありませんか。
そこで毎年夏になると、エアコンの効いた家の中で秋の到来を動かない指で指折り数えて 待つ毎日を過ごしている次第です。
そういう訳ですので、極端にフットワークが悪くなるこの時期の私を、 どうか生温かい目で見守ってください。


【2話】04/08/16 「一人でも協会」
好きでなった訳ではありませんが、せっかく障害者になったからには、 障害者の視点から世の中に何かを発信できればいいなと以前から思っていました。
発信と言えばやはりインターネットです。 アメリカ国防省の高等研究計画局の支援を受けたアルパネットから発展した 世界規模のネットワークの端っこを私めも利用させてもらおうと考えました。
このサイトはWindows付属のノートパッド(メモ帳)にタグ(ホームページ作成 のために記述する記号)を手書きして作っています。
何もないところからあーでもないこーでもないと悩みながら少しずつコツコツと 作り上げていく作業はとても楽しいものでした。
ですが、このサイトを作っているときに、最も、そして最後まで悩んだのが肝心要の サイト名でした。
私のやりたいこと訴えたいことは明確です。 「大村」の「バリアフリー」を「推進」させるために何か役に立てるための ホームページです。
そう思って作り始めた訳ですが、それを表す重要なシメの言葉がどうしても 見つかりません。
「〜探検隊」「〜の会」「〜塾」「〜タウン」などいくつかが候補に挙がりましたが、 どれも何となくしっくりときません。
知り合いの数人の識者にも相談してみましたが、すばらしいネーミングはなかなか 見つかりませんでした。
さんざん悩んだ末に、ちょっと 硬いかなと思いながら、「大村バリアフリー推進協会」に決めました。
私たった一人で「協会」とは図々しい話ですが、そこは大目に見ていただくとして、 どうぞ「大村バリアフリー推進協会」を応援よろしくお願いいたします。


【3話】04/08/25 「再インストールの夏」
まだ終ってませんが今年の夏は本当に暑うございました。 アテネ・オリンピックも開催されて体感温度は三割増しです。
日本代表の応援で夜更しなんかしたせいで、例年より余計にバテている私であります。
それはそうと、先日ちょっとしたヘマをやらかしてしまい、愛用のパソコンのOS(未だ に「Windows98」なんですが)を再インストールするはめになってしまいました。
OSの再インストールはこれで三度目です。 一度目は原因不明で、二度目はヤバいサイトでウィルスに感染して のっぴきならない状況になってしまったので、やむなく再インストールしました。
今回はこのサイト用のフリーソフトのダウンロード中の初歩的な操作ミスで、 起動すらままくなってしまいました。
大事なファイルはバックアップしていたので問題はありませんでしたが、 「私的意見」用に書きためていた原稿がすっかり消えてしまってがっかりしました。
しかし何か失敗をすると人の手を借りなければならない私ですが、 パソコンだけは一人で修復や設定など何とかできます。
こうやってサイトを作り、インターネットを使って自分の意見を社会に 発信することもできます。
バリアだらけの世の中ですが、パソコンとインターネットの世界は けっこうバリアフリーなのです。
次回はそのインターネットについて、ちょっと書きたいと思います。


【4話】04/08/29 「リアル社会の縮図」
前回書いたように、インターネットは障害者も健常者と変わりなく利用できる 便利な道具です。
電子メールのやりとりも膨大な情報の検索も買い物もクリック一つでこなせます。
「自己紹介」で私が得意げに着ている サッカー日本代表のユニフォームも市内のスポーツ店に出回る前に インターネットで購入しました。
しかし森羅万象、光あれば影あるもので、インターネットも良いことばかりではありません。
インターネットを舞台にした悪いニュースがたまに騒動になりますが、 表面的に騒がれないけれど、より深刻な問題がネット社会には存在しています。
たとえば匿名で書き込める掲示板では、良識ある人が目にすれば 気分の悪くなりそうな差別発言が日常的に繰り返されています。
差別の対象は多岐に及びます。障害者などは恰好の差別対象で、 誤解と偏見と悪意に満ちた発言が、まるで親の仇(かたき)とばかりに、 連日書き込まれています。
私はニュースでたまに名前が出る某巨大掲示板に三年ほど常駐しているおかげで、 ちょっとやそっとの悪口雑言など全然気にならなくなりました。 と言うか、多少の差別発言ぐらいでヘコんでいたら障害者なんかやってられません。
せっかくのインターネットですから、これからも清濁併せ呑むつもりで うまくつきあっていこうと思っている次第です。


【5話】04/09/01 「猫の名はサブロウ」
七年前、捨て猫を拾って途方に暮れ、「この子猫を飼ってもらえませんか」と 我が家にお願いに来た三人の男の子がいました。
我が家の前は小学校の通学路になっていて、そこを毎日登下校している 近所の小学生でした。
子供達の真剣な態度と優しい気持ちに、私は飼うことを決めました。
当時毛玉のようにかわいかった子猫は成長して、 すっかりふてぶてしい面構えになりました。餌もすでにシニア用です。
そして捨て猫が縁で知り合った男の子達とはそれからずっとつきあいがあり、 高校生となった今では、彼女を紹介してくれたり、私に誕生日プレゼントを 贈ってくれたりするようになりました。
知り合って間もない頃、子供達は私の身体や障害について遠慮なく訊いてきました。
偏見のない素朴な質問に、私はごまかすことなく丁寧に答えました。
すべてを理解できなかったかも知れませんが、障害者が特別な存在だとは 感じなくなったようです。
あごヒゲにサングラスにダブダブのパンツを極端にずり下ろして穿いている今どきの 悪そうな外見をした子供達ですが、今でも子猫を拾ってきた頃と同じく 優しい気持ちを持っていると思います。
少なくとも身障者用駐車スペースに車を停めて平気な顔をしている非常識な 大人にはならないことでしょう。
そういう体験を基に、比較的先入観や偏見の少ない小・中学生のうちに障害者と 実際にふれあうことが心のバリアを低くすることになるのではないかと考え、 私は「講演」という形を提案しました。
この大村に思いやりのある子供が一人でも多く育つように願って、 気長にがんばっていこうと思っています。


【6話】04/09/05 「車椅子のお客さん」
障害者がもっと外に出なければ社会は変わらないとよく言われますが、 出たいけど出にくい、出られないと言う現実があります。
しかし出にくいから出ないでは、確かにいつまで経っても社会は変わりません。 どこかでその悪循環を断ち切らないといけないのです。
断ち切るには、やはり障害者側から行動を起こす必要があります。
そのためには、障害者が出かけたくなるような場所を案内すればいいのではないかと、 おこがましくも考えました。
そしてそれは飲食店だと思い、店舗内外に段差がなく、店舗内に車椅子対応トイレの ある大村市内の飲食店を「バリフリガイド」としてまとめてみました。
既存のバリアフリーマップは公共施設や障害関連施設を案内しています。 そういう案内は大変重要ですが、そういう場所ではあまりお金は使いません。
大勢の障害者が好んで出かけて、お金を使うことが重要なのです。
現在すでにスロープと車椅子対応トイレを設置している飲食店の売上が伸びれば、 他の飲食店の社長さんも車椅子利用者を新規の客層と捉えてくれ、 バリアフリーな飲食店が増えるかも知れません。
結果的に、大村のいろいろな商業施設のバリアフリー化が加速するのではないかと 企んでいるのです。
車椅子利用者と言えばまず障害者を思われるでしょうが、実は障害者は少数です。
しかし社会の高齢化が進んでいくにつれて、車椅子を利用する高齢者が 今後増加することは予想できます。
この車椅子のお客さん達を逃す手はないと思いますよ、社長さん。
そういうことですので、社長さんも社長さんでない方も、「大村バリアフリー推進計画」に ぜひ協力してください。
「バリフリガイド」のページを車椅子を 利用している方やその家族や友人に教えて あげてくださるだけでけっこうです。


【7話】04/09/24 「親切な人々」
車椅子で街に出ると親切な人と出会うときがあります。
そんなときは一日中、下手すると翌日まで良い気分で過ごせます。
私の進行方向の重いドアを先回りして開けてくれたり、 高い位置にある本を取りましょうかと言ってくれたり、 前世は神様だったに違いないと思えるような人がいます。
車の乗り降りをしていると「手伝いましょうか?」と声をかけて くれる人もけっこう多いです。
実家のある佐世保では、乗り降りをしていると、「K―1」に出てきそうな 米兵が「ダイジョウブデスカ?」と笑顔で訊いてくれます。
大村のOKホームセンターではこんなことがありました。
車からノソノソと降りていたら、人の良さそうな年配の女性が、 「大丈夫ですか?何かお手伝いしましょうか?」 と優しく声をかけてくれました。
私が「はい、大丈夫です。ありがとうございます」と応えたら、 その女性は満足気な顔をして自分の車に乗って帰って行きました。
しかし女性が車を停めていた場所は車椅子用の駐車スペースだったという、 なんとも微妙なオチの話でした。
それはともかく、街で困ったときに誰かに助けを求めると、 ほとんどの人が快く手伝ってくれます。
大村の人達の暖かさにふれるほど、車椅子では駅も満足に利用できない大村の 街の冷たさを感じます。
でも大勢の心優しい人が住むこの大村ですから、きっとこれからもっと 良くなるだろうと私は信じています。


【8話】04/09/29 「日々是社会的復帰訓練」
車椅子の生活になって随分経ちますが、今でもたまに「リハビリを やってないんですか?」と言われることがあります。
そういうときは「毎日の生活がリハビリです」と答えていますが、 相手は複雑な表情をします。「歩く訓練のことだよ」とでも言いたげです。
障害を持つ以前の私もそうでしたが、世間の多くの人は、「障害を 持ってもリハビリをすれば元通りになる」と誤解している人が多いようです。
事故や病気で失った身体の機能をいろいろな方法で補い、 社会生活へ復帰する訓練がリハビリテーション(略してリハビリ)です。
切断した腕はリハビリしても再度生えてこないように、ひどく損傷した脳や 脊髄もリハビリで完全に元に戻ることはありません。
しかし思い返せば、リハビリは大変きつうございました。
もうずっと昔の話なんでほとんど忘れていますけどね。
当然ですが、車椅子で生活していくためのリハビリで、歩くリハビリでは ありません。
ベッドで上半身を起こす訓練から始めた訳ですが、 起立性低血圧に苦しめられながら、毎日毎日、少しずつ少しずつ、 それこそ玉ねぎの薄皮を一枚一枚はいでいくような進み方のリハビリでした。
全然思うようにならない体と将来の不安の愚痴を看護婦さんに こぼしたら、「生後三ヶ月の赤ちゃんからやり直すのと同じだから 焦らないで」と言われました。
その言葉を聞いて、何となく気が楽になったことを覚えています。
あの頃と比べたら多くのことが今ではできるようになりました。
社会の中で日々の暮しを送ることは最高のリハビリだと思います。
そう考えると、何気なく言っていた「毎日の生活がリハビリです」は、 なかなかの名文句に思えてきました。


【9話】04/10/02 「これぞユニバーサルデザイン」
いつの頃からかサッカーが好きです。 三度の食事より好きではありませんが、三時のおやつよりは好きです。
有名な「ドーハの悲劇(1993年)」で、試合終了後に中山選手と 一緒に泣き崩れた記憶がありますので、どうやら10年以上前から サッカーファンのようです。
日韓共催ワールドカップのときは韓国まで観戦に行くつもりで、韓国語を 独学で勉強しました(すでにほとんど忘れていますけど)。
とりあえず最近の韓国ブームを先取りしていたという訳ですね。
ちなみに「カムサハムニダ(ありがとうございます)」の「カムサ」は 日本語の「感謝」と同じ意味です(72へぇ)。
さて、サッカー好きの私はサッカーゲームも好きでして、 ジョン・カビラの濃い実況が売りの「ウィニングイレブン」を こよなく愛しております。
現在は「ウィニングイレブン8」まで発売されていますが、 サッカーゲームは初代からずっとこれ一本です。
こういうゲームはコントローラーの操作性が重要なのですが、 指が不自由な私には通常のコントローラーではパスすら まともにできません。
そこで、大きいスティックとボタンの配置されたジョイスティックと 呼ばれるコントローラーを使っています。
ジョイスティックは障害者用に作られた商品ではありません。
本来は格闘ゲーム用なのですが、操作部分が大きいので障害者も 健常者と同じ条件でサッカーゲームを楽しめるのです。
このユニバーサルデザインなコントローラーのおかげで、我が日本は ブラジルにもフランスにもイングランドにも永遠のライバル韓国にも そう簡単には負けません。
そして今夜も、ジョイスティックをカチャカチャ鳴らしてプレイしながら、 試合の結果に一喜一憂するのです。


【10話】04/10/16 「傷心の夜」
10年ほど昔、高校時代の同級生数人と飲みに行ったときの話です。
今頃の季節だったでしょうか。肌寒い夜だったと思います。
居酒屋で腹いっぱい食べて飲んだ後、友人の一人が、よく通っているスナックが 近所にあるからと言うので、そこを二軒目に決めて、みんなでぞろぞろと 向かいました。
その店は歩いて二、三分で着きました。
常連客である友人に続いて私が入ろうとしたら、ちょうど帰ろうとしていた 会社員風の先客と鉢合わせになりました。
入り口のドアの幅いっぱいの車椅子の私を見たそのお客さんは、すれ違うことが できないと思ったのか、店に入る私達に通路を譲ってくれました。
すると店のママが、店内に戻ってきたお客さんを見て、「どうしたんですか?」と 訊きました。
お客さんは「車椅子のお客さんとボランティアの人達が来たよ」と 酔いの回った口調でママに答えました。
お客さんは何の気も無くその言葉を口にしたと思います。
しかしその一言は、当時の私をヘコませるのに充分かつ強力な威力がありました。
障害者と一緒にいる健常者はみんなボランティアなのか、友人や恋人では いけないのか、障害者と健常者の対等な関係を世間では認めてくれないのか、 などと、私にしては珍しく後ろ向きな思いをグルグルとめぐらせたりしました。
車椅子歴も長くなってすっかりずーずーしくなった今の私だったらすっかりネタに なってしまう出来事ですが、当時の私のガラスのハート(ウソ)にはスリ傷がちょっと ついてしまいました。


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